SNSの「いいね」の数に一喜一憂し、職場で誰かが自分を評価してくれないことに不満を抱く。現代社会において、私たちは知らず知らずのうちに『他者の評価』という麻薬に依存しています。誰かに認められることでしか自分の価値を実感できない──もしそうなら、あなたの人生の主権は、完全に他者の手に握られていることになります。

アドラー心理学は、この「承認欲求」をバッサリと否定します。他者に認められたいと願うことは、他者が望む生き方をなぞることであり、それは「他者の人生を生き、自分に嘘をつくこと」に他ならないからです。まずは物語を通じて、キャラクターたちが抱える「認められたい」という願いの正体を探ってみましょう。

「賞罰教育」が植え付けた呪縛

なぜ私たちはこれほどまでに承認を求めるのでしょうか。それは、私たちが受けてきた「適切な行動をすれば褒められ、不適切な行動をすれば叱られる」という賞罰教育の影響が強いとアドラーは考えました。

褒められることを目的として行動を始めると、誰かが褒めてくれない場合には「適切な行動をとらない」という選択をするようになります。あるいは、誰も見ていないところでは平気で不正を働くようになるでしょう。承認を求める心は、あなたを正しい道へと導く羅針盤ではなく、他者の顔色を窺うための「奴隷の鎖」になってしまうのです。自由とは、まさに「誰かの期待を裏切る勇気」を持つこと。承認欲求の破棄なくして、真の自由はあり得ません。

他者の期待に応えない勇気

ユダヤ教の教えにこんな言葉があります。『自分が自分のために自分の人生を生きないのであれば、いったい誰が自分のために生きてくれるだろうか』。他人の期待を満たすために生きることは、あなたの唯一無二の人生を放棄することと同義です。

  • 「優秀なリーダー」を演じ続けていた 真理子 の場合
    彼女の焦燥感の正体は、「会社や上司が自分を高く評価し続けてくれないことへの不安」でした。承認を求めるのをやめ、他人の評価という麻薬への依存を断ち切ったとき、彼女は初めて部下や業務と純粋に向き合い、リーダーシップとしての本質的な喜びを見出しました。
  • 「正しい自分」を認められてほしかった 彩 の場合
    自分の信じる正義を他者に押し付けようとする彼女の裏側には、誰かに「あなたは正しい」とハンコを押してほしいという承認への渇望がありました。しかし「他者がどう思うか」という呪縛から逃れたとき、彼女の正義は、他者を裁く武器から自分自身を支える柱へと変わりました。
  • 「理想の教師」に縛られていた 明日香 の場合
    彼女が過剰に学級を「管理」しようとしていたのは、生徒に好かれたいという願いと、ベテラン教師の評価に怯える承認欲求の裏返しでした。承認を求めるあまり、彼女は生徒という人間ではなく、自分を評価してくれる「観客」として彼らを見ていたのです。その鎖を断ち切り、他人の評価を自分の価値とするのをやめたとき、教壇は「評価の場」から「共生の場」へと姿を変え始めます。
  • 「親の期待」という鎖に縛られていた 結衣 の場合
    「将来は安定した公務員になってほしい」という両親の期待に応えられない自分を、彼女は「不孝な娘」だと責めていました。しかし、自分が親の期待を満たすために生きる必要はないと知ったとき、彼女は「親を失望させる勇気」を持ち、自分のための人生を歩み始めることができました。

承認欲求を手放すことは、世界を敵に回すことでも、誰とも関わらない孤独を選ぶことでもありません。むしろ、他者の評価という「取引」なしに、自分が自分であるという確信を持って世界に貢献していくための準備なのです。誰かに好かれる努力をやめたとき、あなたの目の前には、かつてないほど清々しい自由な景色が広がっているはずです。

評価を越えた、その先の自分

「認められたい」という願いを手放し始めた[[name]]。その後の率直な想いを覗いてみましょう。

いかがでしたか?
アドラー心理学の学びをさらに深めていきましょう。
次のステップでは、自分と他者の課題を切り分け、自由に生きるための「課題の分離」について学びます。