「対等な関係」「自分の気持ちを大事にする」「嫌なことは嫌と言う権利がある」。アドラー心理学から学んだこれらの言葉は、確かに力強く聞こえます。しかし、その言葉に従って行動した時、職場の同僚たちから「協力的でない」と感じられ、関係が冷え込んでしまった……
そのような「権利の使い方」に関する悩みが、AdlerHubに寄せられました。まずは、ご相談の内容(ユキさん・20代営業)をご紹介します。
「アドラーから『NOと言う権利がある』『対等な関係を築く』ことを学びました。だから、同僚の無理な頼みごとに『できません』と断るようにしました。でも、その結果、孤立してしまった。『対等な関係』って、本当は何なんでしょうか」—— ユキさん(20代営業)
なぜ、自分の気持ちを大事にするための「NOの言葉」が、ユキさんを孤立へ導いてしまったのでしょうか。アドラーが説く「対等な関係」は、本当に「相手の依頼を全て拒否する自由」のことなのでしょうか?
実は、「対等な関係」の本当の意味は、もっと深く、もっと複雑です。自分の気持ちも大事、相手の気持ちも大事——その両立の中にこそ、本当の対等性が生まれるのです。案内役の二人の対話から、その奥深さを探ってみましょう。
「『対等な関係』」と「拒否権」は、全く別のもの
ユキさんが陥った罠、それは「『対等な関係』(相手も自分も同じ価値を持つ人間である、ということ)」を「自分の意思を優先させること」と履き違えてしまったことにあります。
アドラー心理学における『対等な関係』とは、上下関係ではなく「人格が同じ高さにあること」を意味します。相手も自分も同じ価値を持つ人間である、という承認です。しかし、これは相手の気持ちを無視する自由ではなく、むしろ「相手の気持ちを尊重しながら、自分の気持ちも伝える勇気」なのです。
「相手を信頼する」ことと「相手の依頼に応える」ことの関係
ユキさんの同僚たちは、「ユキはできる」「ユキなら信頼できる」という気持ちから、仕事の依頼をしてくれていました。その信頼の表現を、ユキさんはどう受け止めたのか。「相手に支配される」「自由を失う」——そんなふうに解釈してしまったのではないでしょうか。
しかし、「相手の信頼に応える」ことと「相手に支配される」ことは全く別のものです。前者は自分の力を必要としてくれる誰かに、自分の意思で力を貸すという選択なのです。
「NO」も「YES」も、心からの気持ちから生まれるもの
対等な関係で大切なのは、「YES」を言うことも「NO」を言うことも、相手を大事に思う心から出ているかどうか、ということです。
相手を助けたいという気持ちがあるなら、その気持ちに従う。しかし本当に無理な時は、その無理さを相手に誠実に伝える。どちらも、相手を大事に思いながら伝える「対等な関係」なのです。
ユキさんへの提案——それは、自分の中に本当にある「相手を助けたい」という気持ちを、もう一度大事にすることです。相手を助けたいという純粋な気持ちから生まれた「YES」も、本当に無理だという気持ちから生まれた「NO」も、相手にとっては温かく感じられるのです。