「人はいつでも変われる」。アドラー心理学の最も有名な言葉として、多くの人に知られるようになった言葉です。この言葉を信じて、変わろうと決めた。朝早く起きる、読書を習慣づける、対人関係で本当の思いを伝える。そうした決意を何度も何度も繰り返してきました。

ところが、数日で、数週間で、いつもの自分に戻ってしまう。3年、5年とアドラーを学んでも、本質的には何も変わらない。「結局、自分には変わる勇気がないんだ」。そんな絶望感が、心を占め始めます。

そんな「誠実な実践が報われない」という悩みが、AdlerHubに寄せられました。相談者は、ショウタさん・30代男性です。

「アドラーを学んで3年になります。『変わるのは今この瞬間から決意するだけだ』と何度も挑戦してきました。でも、気づくといつもの自分に戻っています。朝早く起きることも、読書も、対人関係での勇気も。全部、続かないんです。私はアドラーが言う『変わる勇気』が足りないんでしょうか。もう、変わることはないのかな……」
ショウタさん(30代・男性)

ショウタさんは、アドラーを誠実に学んでいました。変わろうという意図も本気でした。なのに、なぜか何度も戻ってしまう。もしかして、アドラー心理学の「変わる勇気」という教えは、実は実現不可能な理想なのでしょうか?

いいえ、違います。ショウタさんが見落としていた罠は、『変わらないこと』の目的を問い直すことにありました。対話の中で、その目的を一緒に明かしていきましょう。

「変わる勇気がない」のではなく、「変わらないという選択をしている」

ショウタさんが陥った罠、それは『変わる勇気がない』という診断を自分に下してしまったことにあります。しかし、アドラー心理学の本質を深掘りすれば、全く別の視点が見えてきます。

目的論の観点から言えば、「変わらない」という状態も、また一つの「選択」なのです。意識的にせよ無意識的にせよ、「変わらないことで、何か大切なものを守ろうとしている」のかもしれません。

ショウタさんが何度も挑戦しては戻ってしまうのは、「勇気がない」からではなく、「変わることによって失うリスク」を無意識のうちに避けているのかもしれません。変わるということは、新しい環境に直面し、新しい失敗の可能性を背負うことです。その「予測不可能な世界」に踏み出すことへの、深い恐れがあるのではないでしょうか。

ライフスタイルとしての「変わらなさ」
失敗から身を守る要塞

アドラー心理学では、このような状態を『要塞』(心の悩みや症状が、本当に向き合うことから逃げるための心理的な防衛)と呼びます。ここでのショウタさんの『要塞』は、「変わったら失敗するかもしれない」という恐怖から身を守るための壁だったのです。

そして、ショウタさんが3年間かけて築き上げたのは、『変わらない自分』というアイデンティティです。「自分は臆病だ」「勇気がない」「変わる力がない」。こうした枠組みは、実は一種の「安全地帯」なのです。なぜなら、その枠の中にいる限り、「失敗するリスク」を背負う必要がないからです。

「変わる勇気がない」という自己診断は、一見すると自分を責めているように見えます。でも、実はそれは「変わることをしない理由」を正当化する役割を果たしているのです。

「完璧な新しい自分」ではなく、「昨日より0.1%の進歩」

対話の中で、ショウタさんが気づかされたのは、「変わる」ということの本当の意味でした。

アドラーが「人はいつでも変われる」と言ったのは、ライフスタイル全体を一気に変え、完璧な『新しい自分』になることができるという意味ではありません。むしろ、「今この瞬間から、昨日と違う選択をすることができる」という、ずっと地に足のついた現実的な話なのです。

朝、いつもより3分早く起きること。SNSを開く前に、深呼吸をすること。誰かに話しかけるのを、いつもより0.5秒早くすること。そうした微細な差の積み重ねが、数ヶ月、数年の後に「あの時から何かが変わった」という振り返りを生みます。

完璧さを求めるあまり、「半端な変化」「不完全な歩み」を自分に許せずにいるのであれば、その完璧性を手放す勇気こそが、最初の一歩なのです。

「変わらない目的」を手放し、「今ここ」を選択する

対話を終えたショウタさんが、次に取ろうと決めた行動があります。「明日朝、3分だけ早く起きてみる」。それだけです。

失敗するかもしれません。また戻るかもしれません。でも、その「失敗を許す勇気」を持つこと。「変わらない自分」を守る壁を、少しずつ手放していく勇気。それが、本当の「変わる勇気」なのだと、ショウタさんは気づきました。

「人はいつでも変われる」。この言葉は、あなたに重荷を背負わせるためのものではありません。あなたが、今この瞬間から、自分の人生の主人公になれることを伝えたいのです。

いかがでしたか?「変わる勇気」は、壮大な決意から生まれるのではなく、「今ここ」で昨日と違う選択をする、その一瞬一瞬の積み重ねから生まれます。あなたが今、「何度決意しても変わらない」と感じているなら、それは勇気の不足ではなく、「変わらないことで何かを守ろうとしている」のかもしれません。その目的に気づき、小さな一歩を踏み出すとき——本当の変化は始まるのです。

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