アドラー心理学を学ぶと、人生の見え方が大きく変わります。それはいいことなのですが、多くの人が同時に気づくことがあります。それは「友人や家族との会話の中身が、何かしっくり来なくなった」ということです。前まで楽しいと思っていた雑談や、当たり前だと思っていた日常のやり取りが、急に退屈に感じられる。そして気づいた時には、昔よく遊んでいた友人たちから、自然と距離ができていた——そんな経験をしている人は多いのです。

こうした「知識を学ぶことで、かえって人間関係が壊れてしまった」という悩みが、AdlerHubに寄せられました。相談者はサトシさん(40代・会社員)です。

「アドラーを学んで3年が経ちます。最初は職場での人間関係が楽になって嬉しかったのですが、いつからか友人との飲み会に意味を感じなくなりました。みんなの愚痴や噂話ばかりで。結果、連絡が来なくなった友人も多いです。孤独ですが、前のような関係に戻るのも違う気がして。自分は正しいことをしているのか、わかりません。」
—— サトシさん(40代・会社員)

サトシさんはアドラー心理学を真摯に実践してきました。なのに、なぜ人間関係は縮小し、孤立してしまったのでしょうか。その裏には、多くの学習者が陥る、ある落とし穴があります。

「成長した自分」と「変わらない周囲」という幻想

サトシさんが陥った問題は、一見すると「自分が成長した」ように見えることです。実際、アドラーを学んで実践する過程で、職場での人間関係が楽になったのは本当です。でも、ここで大事な質問があります。それは「その変化が、本当に成長だけをもたらしたのか」ということです。

友人たちの「愚痴や噂話」に対して「意味がない」と感じるようになった。それは本当に、友人たちが「ダメな人」だからでしょうか。それとも、学んだ知識が、無意識のうちに「友人を下に見る目」を作ってしまったのではないでしょうか。これが重要な問い直しなのです。

「正しい考え方」が、新しい壁を作ってしまう

アドラー心理学そのものを否定しているわけではありません。むしろ、サトシさんが学習をしてきたことは誠実で、素晴らしいことです。でも、その学習が「自分は友人より進んでいる」という満足感に変わってしまっていないか。そこを静かに問い直す必要があります。

アドラーが本当に大事にしていたのは、何か知っていますか。それは「他の人のことを『同じチームの人』として見ること」です。同じチームの仲間なら、その人がどうして愚痴を言うのか、何に困っているのか——そういう関心を持つはずです。学んだ知識を持つ人ほど、学んでいない人の話を聴いて理解しようとすることが、本当は重要なのです。

友人が「変わらない」ことは、誰の課題か

アドラーを学ぶと、こんな考え方を習います。「相手の問題は相手の課題。自分が解決することではない」。それは確かに正しい側面もあります。ただ、そこで大事なのは、その理解を「相手を助けないこと」の理由にしていないかということです。

本当の優しさというのは、相手が何をしようと、「この人を応援したい」という気持ちを失わないことです。友人が愚痴を言っていても、「その人はなぜこんなことで悩んでいるのか」という関心を持ち続けることが、本当は大事なのです。

「学んだこと」を「優しさ」に変える

もしあなたがアドラーの本当の考え方を理解しているなら、次のステップが待っています。それは、学んでいない人のことを、やはり同じように大事にすることです。

今、連絡が途絶えている友人に、ちょっと連絡してみてください。その時に「この人は今、何で困っているんだろう」という素朴な関心を持って、話を聴く。それが、本当のアドラー心理学の使い方なのです。

サトシさん。孤立することが成長ではありません。むしろ、学んだ知識を持ちながらも、友人たちのことを忘れずに応援できる——そういう状態が、本当の成長だと思います。友人たちを「一緒に生きる仲間」として改めて見つめることから、本当の再生が始まります。

もしあなたが「学習するほど、周囲が遠ざかっている」と感じたら、一度考え直してみてください。それは本当に成長なのか。それとも、新しい形で「自分は特別」という気持ちに隠れていないか。アドラーが大事にしていたことは、知識を持つことではなく、誰もが等しく価値がある同じ人間として、一緒に生きていくということなのです。

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